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MI QUERIDA MAFALDA せっかいでおしゃべり、こしゃまっくれたスペイン人の小さい女の子は絶好のスペイン語教師になってくれる。ガリシアで会った友人の子供もそんなひとりだった。東洋人を生まれて初めて見るという彼女、私がしどろもどろにスペイン語を話すのを目をまんまるにして聞いていたかと思うと、お母さんの所に駆け寄り、“ママーっ!世の中には違う方法でスペイン語を話す人がいるのねーっ!”と大声で感想をもらしたものだ。それから先生役を買って出た彼女、“これは窓です。”“これはバービーのおうちです。”と大得意で何度も飽きずに教えてくれた。「どうして?」「なんで?」が口癖で、最後には「日本語でうんちってなんていうの?」と聞いてお母さんに叱られていた。 そんな女の子の1人に本屋さんで出会うこととなった。名前はマファルダ。モコモコの黒い髪のおかっぱにちっちゃなリボン、ワンピースから飛び出したぽってりした手足..。こんな姿の女の子はよく街角で見かけるが、このアルゼンチン生まれのマファルダ、実はすでにスペイン語圏を中心に、世界中に有名な女の子なのだ。この彼女を主人公にした4コマ漫画が初めてアルゼンチンの雑誌“プリメラ・プラナ”に登場したのは1963年のこと。現在では各国語に訳された数々の単行本の他に映画もでき、すでに彼女は国民的英雄なのである。語学学校の教材などにこの漫画が使われることも多いらしいので、あるいは彼女を見かけたことがある人もいるだろう。この彼女に最初に出会う人には Edutorial Lumen から出ている「マファルダとの10年」(10 a撲s con Mafalda) をお勧めしたい。今までの作品を家族、学校、スープ(彼女の大嫌いな)などのテーマ別に分けてコレクションしたベスト版“マファルダ”なのだ。 彼女の魅力は、例えば「サザエさん」のような毒気のないホームコメディとは対局の位置にあると言っていいだろう。こまっしゃくれた彼女の頭には、大人の作り出した世の中の矛盾に対する疑問がいっぱい。それを仲良しのお父さんに質問して、どう答えたらいいのか弱り果てるお父さん、そこにマファルダが彼女らしい鋭いコメントをしてオチ、というのがこのシリーズの定版ストーリー。また回が進むにつれて登場してくる弟のギジェ、結婚して家庭の主婦になることをひたすら夢見るスサナ、商売人の丁稚小僧マノロなどのマファルダ・ファミリーが、よりストーリーに新しい味を加える。このファミリーの持つ雰囲気は、あのスヌーピーが活躍する“ピーナッツ”に似ているが、前者がより“哲学している”のに対して、マファルダはもっと子供らしいシンプルさがありながら、その社会批判は辛辣だ。それにはこのストーリーの描かれた当時のアルゼンチンの社会状況が大きく影響しているだろう。1976年の軍事クーデター以来、83年の総選挙での急進党勝利まで続いた軍事政権、そして国際的批判を浴びた左翼弾圧が繰り返されたこの暗黒の時代は、しばしば登場する“笑わないマファルダ”を作り出している。他の数多くの文化人と同様に、マファルダの生みの親、キーノもこの時代、国外に生活することを余儀なくされていたのだ。しかしキーノ自身がマファルダに求めているものは、彼女が大衆に支持される社会評論家になることではない。それはあくまでも子供らしい純粋さ、素直さだろうーそれが社会の矛盾に直面することから、マファルダ独自のユーモアが生まれるのだから。今年66歳になるキーノは現在、このシリーズの他にスペイン、エル・パイス紙の発行する週刊誌に1ページもののユーモアストーリーを長年掲載している。 日本のMANGAブームが海外で話題になり、ここスペインでも日本のアニメが欠かさず放映されている現状。そのストーリー構成の意外性、キャラクターの描写の緻密さなどからくる面白さは、単なる子供向けに作られた国産のアニメとは比較にならない、と自称“おたく”(この言葉はすでにスペイン語の仲間に入りつつあるようだ)のスペイン人の友人は熱く語る。しかし彼等にとってもマファルダは別格。作者の物事をとらえる視点の鋭さとユーモアの軽快さは、マファルダ誕生以来まったく古くならず、それどころか新しさを感じる。大爆笑を誘うマンガではないのに、4コマ目のオチでくるクスクス笑いがくせになる、こんな定版タイプの“考える笑い”は、インスタントな内輪受けの笑いばかりが充満した日本のユーモア界では消滅してしまったようで、懐かしさを感じる。 スペイン語を勉強中の人にも楽しく読みやすい教科書となるはず。マファルダがあなたの手をとって、中南米訛りのスペイン語が飛び交う、騒がしいおしゃべり仲間に入れてくれることだろうから。 |