あるば第4号の一部をお届けします。


 
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集記  Nueva generacion

「こんなにいたの?」ーというのが実感です。 というのもあるば3号目よりスペイン語でのページを取り入れ、 料理、文学などの日本文化紹介にあてたのですが、 本誌発行よりまもなく次々とスペイン人の方々からの問い合わせが殺到し、 ずいぶん遠いところからも励ましのお手紙、お電話を頂きました。 中には苦労してわざわざ日本語でお手紙を書いて下さった方もおり、 その熱心さがうかがえました。しかしその一方、 毎年数多くの日本人観光客が訪れるスペインですが、 日本に対する現地の人々の関心は正直な話、薄いというのが現状です。 それというのもやはりスペインに入ってくる情報量の少なさにあるでしょう。 全国紙が扱う日本の情報もフランスなどからの輸入ものが多く、 今だに“ゲイシャ・フジヤマ・ソニー”のイメージが存在しています。 でも今回の読者の反響を見ても、日本、 または東洋文化に対する人々の関心がかなり高まってきていることは 明らかでしょう。

ここでがんばって欲しいのは、 年々その数が増えている若い世代の日本人留学生の皆さんです。 自分の国の歴史や文化にあまりににも無知であることを、 海外に住んでいて実感することが多いのですが、 一口に文化といってもいろんな切り口があります。 スポーツ、音楽など何でもいいのです。 学んだスペイン語を大いに生かして「日本を語って」下さい。 そんな皆さんをあるばは応援します。

MICHIKO GOTO





 
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ペインのニュース NOTICIAS DE ESPANA


サンティアゴのシンボルである帆立貝をちりばめた外壁、 ゴシックとルネッサンスの様式美の融合を誇る回廊、 約500年前に建てられ、現在では国内第3位の書籍保有数を 誇る公立図書館として利用されているサラマンカの象徴的建造物 「貝の家」 (Casa de las Conchas)。 その所有権がアンダルシア州に渡り、 事実上アンダルシアの物となることになった。 もともとの所有者であるサンタ・コロマ伯爵の後継人が相続税対策の為、 負債先のアンダルシア州に売却したわけだが、 1967年より、国の文化省はサラマンカ市役所を通して99年契約、 年間1ペセタという形式上の賃貸料でこの建造物を借り受けており、 その賃貸契約が続けられる限り、 図書館の使用等には何ら問題はないとしている。

「貝の家」の公定表示価格は(たったの)9千5百万ペセタ。 「国が買い取るべきだった」という声に、 国側は「今回の所有者がアンダルシア州と行った取り引きについては 何も聞いていなかった」と主張。 しかし数日後に所有者側が「最初に文化省長官に直接面会して交渉したが、 あと賃貸期間が70年もあるのに9千5百万は払えないといわれ、 彼女自身アンダルシア州と交渉するように勧めた」と発言、波紋を呼んでいる。 一方カスティージャ・レオン州の文化担当議員は 「貝の家が切り売りされるわけでなし、 図書館の運営等にもまったく問題は無い。」と地元市民を鎮静する意見を 述べた。

それにしても市のシンボルである国家的遺産が、 個人の所有物であったことも驚きだが、 その9千5百万ペセタという評定価格はあまりにも安すぎる。 ちなみに5年もかかった修復工事の費用はそれを大きく上回る14億。 ちまたでは「誰か宝くじを当てた奴がひょっこり買いかねない。」 と不安の声も出ている。

Cigarrillos a precio de saldo

スペインでのたばこの値段がまた突然上げられた。 今回はルビオと称する普通紙巻たばこの価格がが一律に 25ペセタ程度引き上げられ、代表的なたばこ「フォルトゥナ」 (日本でいうマイルドセブン)の値段は現在240ペセタ、 アメリカ製のマルボロにいたっては350ペセタである。 たばこの値上げは元旦毎年恒例で行われていたが、 今年は行われなかったため、予想された値上げであった。 昨年8月の値上げでは、施行前にその有無が政府内で議論されたため、 一般庶民が専売店に買い占めのため押しかけ、 ちょっとしたパニックとなった経緯があったが、 今回はそれを避ける意向があったかと思われる。 それにしてもあまりの突然のことで市民は嘆くことしきり。 これを機会に比較的安いネグロに切り替える人も出たようである。

しかし国側のもう一つの悩みは密輸たばこの横行である。 さすがに公然と売る所はないが、街のキオスコなどでも “タバコ・アメリカーノ”といえば売ってくれる所は多い。 バルなどでこの密輸たばこを公定価格で売って小銭を稼いでいる所もある。 これだと3分の1安くかえることになり、 特に消費されているウィンストンの60%、 マルボロの30%がこの密輸ものであると言われている。 俗語で pata negra と呼ばれるこの手のたばこのおかげで、 大蔵省は約1740億ペセタの税金を取り逃している。 関税局長はこの対策としてアメリカの税関、 またたばこ会社へ商品の取り締まり、監視強化を要請、 また密輸たばこ取り扱いに対する罰則を、 ドラッグのそれと同じく重くすることの必要性を訴えている。





 
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どきの若い世代 スペイン版  ALGUNOS JOVENES ESPANOLES

数多くの日本人が他国の文化、言語への興味から 海外へと出かけていくのと同じく、日本の文化に興味を持つ 外国人の数は年々増えています。 スペインでも多くの大学が日本語語コース、 セミナーを設立しつつあります。 今回はその中でもマドリッド・コンプルテンセ大学にて 日本文化の授業を持っておられるフロレンティーノ・ロダオ教授に お話しを伺いました。

ー日本文化の教育を始めてどの位になりますか? またどのようなきっかけで?
現在マドリッド・コンプルテンセ大学にて、 4ヵ月コースのグループ2つに日本文化についての講義をする一方、 日本の歴史、国内・対外政治について学ぶセミナーを3つ受け持っています。 「日本語・日本文化」の学科は昨年から日本国際交流基金の協力のもと、 東京大学の上田博人氏によって始まりました。 私が教鞭をとるコースもこの国際交流基金のプログラムの一環として 実施されています。

ー現在の生徒数、その内訳は?
4ヵ月コースの各グループに125人で全体で250人、 自由選択科目も内の1つですので社会学、政治学、心理学、経済学など 様々な学部の学生が在籍しています。 ほとんどが1、2年生で、高学年の生徒の申込日にはすでに 定員がいっぱいでした。セミナーの方は単位として数えられないので 数10人と少なめですが、よりテーマに興味を持った人が集まっています。

ーここスペインでどんな人が日本に興味を持つのでしょう。氏のケースは?
コースの成功には私達も驚いたのですが、 学生らはアジアが世界の未来を担う大陸であり、 その中でも日本は最も発展した国であるということははっきりと 認識しているようです。私の場合タイに関する論文を終えた後に 日本について学び始めました。 現代スペインとアジアに関連する博士論文を書こうと、 まず中国語と日本語を学び始め、 外務省資料室に十分な資料があるかどうか調べに行き始めました。 結局日本語が中国語より簡単だということ、 よりおもしろい論文が書けるんじゃないかということで 日本をテーマに選んだのです。 しかし職業的な将来を決めるということは衝動だけでは決められないものです。 この時も一目惚れーといった風には事は進められませんでした。 その上最初に日本料理レストランに行った時、 もう2度と来るもんかと誓ったくらいなのですから。 もちろん今では大好きですけど。

ー日本語はマスターするのに難しい言語のうちの1つと言われてますが、 これに挑戦してみようという人に経験者としてなにかアドバイスを。
始めて3ヵ月後からスランプの時期が来ます。 “未来を信じて”がんばってください。

ー日本に滞在していらっしゃったと聞いていますが。
2年間研究者として、3年間東京大学の博士課程のプログラムに 在籍していました。思い出すのは向こうに着いたとき、 ラテンアメリカ研究の学科でパーティーを開いてくれたことです。 その時、そこの生徒が全員自己紹介をスペイン語で やりのけたのには驚きました。 スペインじゃ英語でやれといっても無理でしょう。

ー日本人をどのようにご覧になりますか?一般に日本人は慎み深く、 おとなしくて働き者だなどと言われますが、これは本当でしょうか?
働き者ということについていえば、 日本人の働きぶりはアメリカ人のそれに比べて よっぽどおとなしいものだと思います。 たまにある省庁に午後電話をかけると、 甲高いお祭り騒ぎの声が聞こえてきたことがあります。

ーもうビールの栓を抜いちゃったもんでーというのが答えでしたが。
ーいろいろな面で日本のここが好き、嫌いというのがあれば。

“そこに1日居るのなら1冊の本が、1週間なら1つの論文が、 1ヵ月なら1行の文章が書ける”とどこでもよく言われますが、 日本が正にその典型でしょう。 あらゆる人にとってポジティブな事なのですが、 日本で過ごす毎日が、各々が持つ常識、物の見方、 考え方をひっくり返すことになると思います。 嫌いなものといえば数の子、お餅 ーこれもあんまり好きじゃないですね ー納豆はほとんど無理やり好きになるのに成功しましたけど。

ー最近かなりの日本人学生がスペイン語を学びにスペインに来ていますが、 彼等に何かアドバイスを。
なにか盗られるんじゃないかとびくびくしないでいいから、 一般のスペイン人とどんどんしゃべって下さい。

ースペインと日本の関係は日本のスペインへの片思いの状態にある ーなどと表現されますが、この状態は変わっていくと思われますか。
今がこんな(最低の)状態なのですから、良くなっていくと思います。 日本はもう「日本=エキゾティック」の状態から抜け出すべきでしょう。 そのためにも、今でも少しずつ起こっているように、大学 ー大学教育の分野に入って行くべきだと思います。

ー最後に簡単な自己紹介をお願いします。
1960年マドリッド生まれ、両親がどちらとも教師だったため、 いつも教育という分野に親しんできました。 いろいろな新しい試みの中でも、 大学で日本について教えるということは私にとって一番大切なものです。 いろいろな人とおしゃべりすること、闘牛、 それにラテンミュージックで踊ることが好き。 できるときはシエスタもします。 また世界中旅行するのが好きで、 特にアジアや太平洋の島々が気に入ってます。





 
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祖ローマ村、メリダの夕暮れ  MERIDA(EXTREMADURA)

ある学生に聞いた話だが、スペイン留学の第1日目、 日本からの長旅の疲れと緊張でぐったりとなった 彼女を乗せたバスが街に着いたのは夜も大分更けたころだった。 重いトランクを引きずって駅を出た途端、 目に入ってきたものは煙草を吸いながら歩いている2匹のペンギンだった という。「いやーあの時はほんとびっくりしたっていうか、 一挙に緊張が解けて膝ががっくりしちゃいました。 その2人だけかと思ったら、街中仮装パーティの真っ最中で、 とどめにホームステイ先のおばちゃんまでトランプの女王みたいな 格好して外に出かける用意してるし、やっとその日が カーニバルなんだって説明されてわかったけど…。 だって日本からはるばるやってきて最初に見たものがペンギンだもの。」 事情を理解した彼女はその1年後、数日を費やして自分で衣装を作り、 見事にいもむしの扮装でカーニバルデビューを飾ったという。

カーニバルに当たる日、知らないでスペインに来ると ちょっと悔しい思いをする。なぜかというとこれが誰でも参加できて、 ばかばかしくも楽しいお祭りだからだ。 コンサートが開かれる大通りでは数々の屋台が立ち並び、 それぞれに工夫を凝らして仮装した人達が誰彼構わず一緒になって踊る。 踊りの輪の中にはヒゲを生やしたシスターがいる、 柔道着を着た謎の中国人がいる、ミニスカートのブタがいる、 お母さんに抱かれた赤ちゃんまでがピエロのお化粧をしてもらっているという、 なんとも不思議な世界が繰り広げられているのだ。 すっかり熱気に当てられ、、バルに入ってゆっくりしようと思っても 油断ができない。シンデレラの格好をしたおやじに注文を聞かれ、 隣に座ったハエ男に煙草の火をねだられたりするからだ。 とにかく仮装にかける人々の情熱はすごい。 この時期工作用の発泡スチロールやウレタンが文具店で、 布地屋では普段絶対売れないようなハデハデのプリント生地が よく売れるという。雑誌にも“今年のカーニバルはこれで決まり!” といったような仮装アイデア特集号を出すし、 各地で開かれる仮装コンテストも賑やかだ。 一番大変なのは小さい子供を持つお母さんで、 毎度の突拍子もない子供のアイデアに頭を悩ますとぼやいていた。

カーニバルというと普段思い出すのはあの半分裸の美女が挙党をなして ドンドコ踊る、ブラジル名物のリオのカーニバルだろう。 (余談だが、バルセロナのサッカーチームが巨額をはたいて ブラジルから連れてきた選手は、この時期練習を続ける他の選手を 尻目にさっさとカーニバル休暇をとって国に帰ってしまった。 現地で羽根の衣装で踊り狂う彼の姿がテレビに出るや、 非難が集中したのは言うまでもない。) スペインで特にカーニバルの盛んなカディス、 テネリフェでも毎年大きな仮装コンテストが開かれ、 ブラジルのそれに似た、あのやたら場所をとる羽根の衣装を見ることができる。 しかしよく考えて見ると何でみんな仮装するんだろう? そもそもカーニバルって何?

Carnaval はイタリア語で carnavale という。 ラテン語の caro, carnis (肉)、 levamen (軽減) の2つの言葉が組合わせが変化したもので、“肉食を絶つこと”を意味する。 もともと古代ローマにあった農耕神への謝肉祭を起源とするようだが、 それが後にキリスト教と結び付くこととなった。 クリスマスは毎年12月25日に祝われるが、キリスト教の最大の祝日 「復活の大祝日(キリストが処刑された後に復活したとされる日)は 春分の日(3月21日)の次の満月の次の日曜日とされている。 そのため毎年日が変わることになるのだが、 こんなややこしいことをするのもキリスト在世当時のユダヤ暦が 太陰暦だったことを継承するためである。この日の1週間前の日曜が、 キリストのイスラエル入場を記念する「枝の主日」、 木曜が「最後の晩餐」、そして金曜日が処刑された日となり、 この1週間がいわゆる聖週間(semana santa)である。 このセマナサンタ前の40日間(cuarentena, cuaresma)信徒は キリストの苦しみを思って精進するわけだが、 その前に3日間どんちゃん騒ぎをしようというのがカーニバルなのである。 どうせならしばらく食べれない肉をたらふく詰め込もうと、 大勢集まってハムやチョリソ、肉料理を食べる習慣があった。 よく知られていることだが、日本の代表料理のてんぷらは、 教会の指示する精進期間 t士poras に小魚のフライを食べる習慣を 宣教師らが伝えたものといわれている。

かつてイタリアのミラノ、フィレンツェ、ナポリなどは カーニバルの中心地であった。もともとドイツ、スイスの風習にあった仮面、 仮装パーティーが貴族の間で大流行となり、聖職者連は異教徒の習慣を 真似たものだと顔をしかめたが、その流れはヨーロッパ中に広まった。 スペインではフェリペ4世がカーニバルを禁止していたが、 カルロス3世によって認められ、フランスの貴族の間での優雅な仮面舞踏会が 18世紀に輸入された。 19世紀にはすでに中産階級にまでも広まり、 バルセロナのリセオ劇場、マドリッドの王宮を始め、 各地でおおいに開かれていたのである。

仮装とは別に、スペインにはいかにも土着的なカーニバルの儀式が 残っている地域がある。籾殻、小麦粉、灰を投げつけあう、藁人形を焼く、 土鍋を割る、犬猫を追いかけ回すなど、いかにも無礼講といったものだが、 厳しい冬を無事に越して、たまったストレスを発散させるという目的が あるのだろう。スキャンダルをばらす、 政治家など権力者をこき下ろすことも解禁で、 カディスの charanga は、毎年世相風刺の利いた歌を作って 演奏することで知られている。 100%キリスト教儀式であるセマナサンタとは あまりにも対照的であるのがおもしろい。 ちなみに当然とも思えるが、フランコの時代にはカーニバルは禁止されていた。

それにしても、冬を抜け出してやっと春を感じさせる頃に行われる この何とも騒がしいフィエスタ、いかにも利にかなったというか、 人間のバイオリズムにあったお祭りである。 日本の節分の豆まきも、そう考えて見ると同じ原点に たどり着くのかもしれない。





 
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T OP 10 A LA ESPANOLA

DISCOS MAS VENDIDOS EN ESPANA EN FEBRERO

1. Spice Girls, Spice
2. Rosana, Lunas Rotas
3. Ella Baila Sola, Ella Baila Sola
4. Texas, White on blonde
5. No Doubt, Tragic Kingdom
6. Offspring, Ixnay on the Hombre
7. J. M. Jarre, Oxigene 7-13
8. Julio Iglesias, Tango
9. Blur, Blur
10. Pedro Guerra, Tan Cerca de Ti


音楽ファンの低年齢層化はどこでも年々進んでいるようです。 スペインでもイギリスのグループ Spice Girls の人気がそのいい例で、 12〜15才の小中学生ファン (ここでは biberon 世代という名が付きました) にすっかり独占されてしまい、 社会現象として新聞などにも取り上げられました。 さて、そこで今回のお勧めアルバム第1番目は、 やはりこの biberon 世代、その上の yogurcito 世代の“王子様”、 エンリケ・イグレシアスのニューアルバム、 Vivir です。 お父さんのフリオ・イグレシアスがその獲得に 20年近くもかかったグラミー賞を、 たった数年で勝ち取ってしまった彼ですが、 この賞でやっと「親の七光り」脱出かとも言われています。 とにかく彼が表紙に出る、 出ないで雑誌の売れ行きが違ってしまうというその甘いマスク、 そしてお父さんそっくりの、 語尾で「ハウン…」と声が裏返ってしまう歌い方など、 女の子の心を掴むツボはしっかり捉えているようです。 この新作もジャケットにたっぷり彼の写真入り、曲の方もラテン系、 レゲエなどバリエーションに富んでいます。 ちなみに歌詞の内容が簡単なので、 スペイン語初級者には教科書がわりに使えます。

次は出たばっかり、これからブレイク間違いなしのマルタ・サンチェスの Azabache 。“金髪とおっぱい”でスペイン版マドンナの位置を 築いてきた彼女、今回は少しハスキーな声をうまく使った曲揃えです。 バックは低いブース音の上にうまくインストゥルメンタルを入れ、 クラブ系の凝った仕上がりになっているのでけっこう聞きがいのある1枚。 本人も仕上がりに大満足とかで、 この中の1曲、 Negro Azabache はラジオでどんどんかかり始めています。

最後に本当に心のこもったプレゼントに使えるペドロ・ゲラの Tan Cerca de Mi カナリア出身、今までアナ・ベレンらにも曲を 書いてきた経歴を持つ、彼のアルバムの1曲1曲の歌詞を じっくり味わってみてください。全体の曲調はボサノバ風で優しく、 乾いた彼の声が、誰もが心の底に持つ寂しさ、混乱を語ります。 この中の Debajo del Puente はよくかかっているので 耳にしたことがある方もいると思いますが、テラピー効果大、 今回あるばいちおしのアルバムです。

CARMEN L. P.





 
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はっきりいって恐ろしくつまらないスペインテレビ界に、 今まで欠けていたキャラクターがあった。 やたら明るい司会者でもない、 バックで半分裸で踊るダンサー (なぜかどうでもいい場面でやたら出てくる)でもない、 いわばジョーカーというか、ネガティブなスターの存在である。 TELE5の Moros y cristianos という「朝まで生テレビ」タイプの 新討論番組に登場、その毒舌ぶりに対して全視聴者の非難の渦が 巻き起こっているパードレ・アペレス(アペレス神父)を見た時、 正にこれだと確信した。きっちりと着こなした司教服、 人をバカにしたような顔つき、頬に人さし指を当てるお得意のポーズ、 そしてそのラディカルな意見はともかく、 討論番組だというのに人の話をまったく聞いていない。 相手の弱点を突き、おちゃらかすやり方には、子供じみた残酷ささえ漂う。 一番軟派なテレビ局 TELE5 のこと、 もしこれが作られたキャラクターだとしたらお手のものだが、 どうもこれは本人の地らしい。

正式名ホセ・アペレス・サントラリア、フィレンツェで 司教としてのの叙階を受け、 La sociedad Vida Apostol ica Instituto de Cristo Rey Sumo Pontfice (長い) への配属となったカタルーニャ人司教である。 最近のマスコミの調査によると、 最右翼のキリスト教系セクトに籍を置いていたことで、 マスコミデビューは14年前のラジオ番組出演。 その後 Cadena SER, TV-3, La 2, Canal NOU (バレンシア) などの様々な局の番組にコメンテーターとして出演した経歴を持つ。 本人は翻訳者、弁護士としての仕事で生活しているというが、 実は「ただでは絶対に何もしない人」。 巷の噂では番組出演料として40万ペセタは取っていると言われている。 ホテルに泊まる際も面が割れないように、 ほかの出演者と違う場所を取らせるというスター気取りだが、 もちろんというか司教議会は彼の司教としての存在を否定している。

多くの非難にも関わらず、 全国に「アペレスファンクラブ」ができつつあるという。彼の 魅力はなんといってもその歯に衣着せぬ毒舌と、 人の気持ちを逆なでするユーモア。視聴者は怒り狂い、 さんざん罵りながらもながらもつい番組の最後まで見てしまい、 テレビ局の思うツボにはまってしまう。 それに誰もがひそかに思っている事をずばりと言ってしまうすごさ。 あの大御所ローラ・フローレスの娘として名声を得たロリータが 「母の影響力以外の所で名声を勝ち取った」と述べた時、 出演者の中で「えーっマジでいってんの!」と叫ぶ勇気のあったのは 彼1人であった。

アペレス神父、今スペインテレビ界で旬である。 この手のキャラクターは廃るのが早い。 多いに毒舌を吐いてがんばって欲しいものである。